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文庫の貸出について意見交換/文春・松井社長「貸出は2、3ヵ月猶予を」/千代田区立図書館×出版社情報交換会
日時: 2018/05/02 18:50:48
情報元: 日書連

東京の千代田区立図書館は3月28日、日比谷図書文化館の日比谷コンベンションホールで「第14回千代田区立図書館×出版社情報交換会」を開催した。文藝春秋の松井清人社長が昨年の全国図書館大会で「図書館は文庫貸出をやめてほしい」と提案したことを受けて、「図書館における文庫貸出について考える」をテーマに行ったもので、第1部では松井社長が講演したほか、新宿区立中央図書館・萬谷ひとみ氏、白河市立図書館・新出氏、千代田区立千代田図書館・恒松みどり氏が各図書館の文庫の選書・貸出の実態について説明。第2部では、原書房の成瀬雅人社長が司会を務めて4氏によるディスカッションを行った。第2部の内容を抄録する。

〔「貸出の影響あるかさらに調査必要」図書館〕
成瀬まず、それぞれの発表を聞いた感想を。
松井3つの図書館から蔵書数や貸出における文庫の割合など具体的な数字を挙げていただいた。私が文庫のことで発言すると、「図書館が文庫を貸出さないと決めたら文庫の売上が回復するのか。その証拠を出しなさい」という反論が必ずある。その瞬間にもう議論は止まってしまう。証拠うんぬんという話になると、永久に分からない問題だと思う。なかなか出版社からも話す機会がなく、お互い具体的に数字が見えてくるだけでもよかったと思っている。
全国平均では全蔵書数のうち文庫が占める割合は約7%、貸出数の割合は10%を少し超える。新宿と白河の図書館は非常にオーソドックスな数字だ。千代田図書館もそうだが、その中の神田まちかど図書館の数字は我々としては少し違和感があるところだ。大都市圏の大きな図書館の別館や分館では、本館をはるかに超えて蔵書数の中で文庫の占める割合が高く、貸出数に占める割合も大きくなっていることが分かった。
新出版社の方と図書館が考えていることはかなり違うと思った。マインドのすり合わせをすることは意味があるが、図書館を利用している人や、本を買う人がどう考えているのかということもあるので、相互のすり合わせだけで共同して何かをするところまでいけるのかは疑問がある。
2点目としては、エビデンス(根拠)と言ってもいいが数字的な問題に関してだ。松井さんは永久に分からないだろうというお話だったが、私はもう少し正確にいろいろな調査をする必要があると思った。
マインドの面で言うと、松井社長は発表で「図書館にない本はあきらめればよい」と話されたが、図書館員はそのようには考えないということだ。これは、特に1980年代に図書館サービスを貸出の面で拡張してからの傾向で、合言葉は「利用者の要求に対しては草の根を分けても探し出す」。だから、自分の図書館にあるかないかは関係ない。図書館サイドとしてはできるだけ豊かな選択肢を提示したい。
昨年出たドイツ語の法律書を読みたいという方がいて、公共図書館にはなく、国会図書館と国内の複数の大学に所蔵していて、借りられない本であることが分かった。その方には、取り寄せも購入もできないので現物を見るには国会図書館に来館するしかないとお伝えした。それで、その方がネットで目次を調べて、必要なところは図書館を通じて国会図書館に郵送複写の申込みをするということになった。図書館で買える本は限られるが、いかに情報や本の入口になれるか努力することが、図書館員の仕事のおもしろさだと思う。
2点目のエビデンスの問題について。経営的にそうおっしゃるのは分かるが、(貸出が売上に)本当に影響があるのかという疑念が図書館員には根強くある。これに関しては、今までは「マス的に見て相関関係はない」という研究がいくつか出ていたが、昨年初めて「マイナスの影響がある」という研究が出た。まだ査読が通っていない英語の論文で、一般出版物について自治体単位での売上とその本の図書館の所蔵状況を6ヵ月程の間比較し、売上の上位6分の1の本に関しては貸出の影響があるのではないかという結論を出した。もちろんこれで決定ということは全然ないが、こういうデータを突き合わせていくことで議論することができるし、それがないと水掛け論になると思う。
松井本がどこにあるか草の根を分けても探し出すというのは大変なことだ。確かに利用者ファーストだが、そこまで必要なのか。市民サービスを超えていると思う。複本問題でのことだが、川崎市立図書館は予約の順番待ちが10名になったら1冊増やしていたという。ところが、インターネットで予約受付を始めたら一気に予約が増えた。複本を取るのが大変な数になってしまうので、上限を設けて図書館の中でも告知をした。すると、これに対する市民の反応は予想を超え極めて冷静なものであったという。だから図書館が歯止めをかけていただければ、私はある程度納得してくれるのではないかという気がしている。
恒松図書館が文庫の貸出をやめて、買うようになるのか。リクエストを2年も待って借りる人は、お金は出したくないけど読んでみたいという人なので、そこがどうなのかなと思う。でも、それを放置すると出版文化がやせ細ってしまうので、フリーライド(ただ乗り)はなんとかしなければいけないだろう。やはり読み手がどのように使ってくれるかの問題になる。例えば欲しい本が5千円、1万円かかると言ったら、引いてしまう人の方が多い。でも、それが人生を変える一つの知識になるかもしれない。そういうことであれば無料で入口を開くという意味はすごくあると思う。
だが、今は新しい本がどんどん出され、本が消費物になっている。そこが1つの問題で、相撲の世界でいうタニマチみたいに著者を応援するために買いますという雰囲気が社会全体で生まれていけば、出版文化が豊かになる。そういう話し合いを今後期待したい。
松井無料だという意識はデジタル化とともにやってきた。そして、スマートフォンの普及が大きい。今は電子コミックを無料のものだけ拾っていく人もいる。その流れの中で、「図書館で文庫もコミックも貸してくれるから」というマインドになってしまう。それは出版社だけではなくて著者にもかなりの影響を与えていて、単行本も文庫もあと1回の増刷が本当につらくなってきている。すべて図書館のせいだとは私は言ってない。ネットやデジタル化の問題が一番大きいと思う。でも、我々は出版文化を支えていく仲間だと思っているので、一緒に歯止めをかけてくれませんかというのが正直な思いだ。

〔「発売1ヵ月で6、7割が売れる」松井社長〕
成瀬貸出と売上の関係についてよく取り上げられるのは広島経済大学の貫名貴洋さんの論文で、「なんらの関係が存在しない」という結論になっている。先ほど新さんがお話しした論文は、「売上上位6分の1の書籍に関しては図書館の貸出が増えると売上は落ちる。ただ、下の6分の5に関しては影響がない」というのがざっくりした結論で、実感としてはものすごく腑に落ちる。専門家の分析でも結論が割れているが、今後議論をするためにはこういう先行調査があることを共通知識として持っておく必要があると思う。
松井図書館での貸出は売上に影響がないとする論文の中に、売上の増加する理由として「借りた本の著者の別の本に興味を抱く」ことが挙げられているのだが、今の実態として、その著者の他の本に興味が湧いたとして、買うだろうか。また借りるのではないか。でも、図書館で文庫を扱わないようにしていただけたら、どうしても読みたくて廉価だったら買ってくれるのではないだろうか。
恒松高くても安くても、買いたいものを買うのが人間だ。安いよと言われても、「いや、私、必要ないから」と思ったらやはり買わないので、そこは疑問かなと思う。
松井自分が読みたいものが図書館に置いてあったらやはり借りてしまう。私は学生のときにみすず書房の『日本の精神鑑定』がどうしても欲しかったが当時6千円くらいで手が出ず、図書館で読んだ。でも文庫だったら自分はその頃でもなんとかした。
新先ほどドイツ語の原書の話をしたが、実際にどのくらい影響があるのかという話をしていくときには、そういうエピソードをお互いに積み重ねても結論はたぶん出ないだろう。
もう少し制限してほしいという提案は分からなくもないが、現在行っているサービスに新たに制限を課すのは結構ハードルが高い。EU圏では、図書館での貸出に対する補償を著者に行う公貸権(公共貸与権)が導入されている。制限するのでなくそういう拡張的な方向であれば歩調をそろえることもできると思う。
松井その議論はずっと行われているが、日本ではなかなか難しいだろうということがある。では、どうやって著者の権利を守っていくのかということになる。この頃文庫の書き下ろしが増えており、その多くは時代小説だ。佐伯泰英先生のように、多くの読者に読んでもらおうとの考えで文庫書き下ろしにしているのは別だが、単行本で出すのがもう難しいということがある。いきなり文庫で安い値段で出せば、それなりの部数を得られる。
成瀬公貸権については業界団体としても取り組んでいくべき課題の一つだという認識はされていると思う。この情報交換会に先立ち図書館員の方々にアンケートが行われていて、松井社長の問題提起に関して「理解できる」が34%、「理解しがたい」が37%と拮抗している。また、「文庫を貸すなと言うならば文庫オリジナルをやめろ」という意見がとても多かった。
松井私案だが、図書館でいう「館内扱い」を2、3ヵ月でいいからやっていただきたい。特に時代小説の書き下ろし文庫は、出てから1ヵ月程の間に6、7割が売れる。ベストセラー作家が結構多く、たくさん書くので1ヵ月たつと次の文庫が出て、次々にそちらに移っていく。でも、その間に図書館でも貸出している。だから本当はもっと佐伯先生の文庫は売れるのだと思う。2、3ヵ月貸出を猶予してほしい。ライトノベルもそれに近いと思う。
成瀬実は先ほどのアンケートの中にも「文庫の貸出をやめるのは無理だけど、貸出猶予ならできるかな」という提案がものすごく多くてびっくりした。
新雑誌でもやっているので実務的にはできる。ただ、1ヵ月で借りられる回数は1冊あたりせいぜい2回、2ヵ月で4回なので、その回数で果たして売上が回復するのかは疑問だ。
松井いろいろな要素があるのは分かっているので、それで文庫の落ち込みが一気に戻るとは全然思っていない。ただ、どのくらいまで戻るのか、いま売れているものの中でどうなるかを数字で取れれば、実験してみたいと思う。
萬谷今回の発表に当たり売上が高いタイトルについて調べてみたが、図書館はすぐに受入はしないし、単行本があるものは文庫をすぐには購入しない。文庫オリジナルについてはそう言えない部分があるが、こうして調べることはできるだろう。
成瀬最後に一言ずつお願いする。
松井具体的な数字や提案、反論を出していただいて、また考えることが増えた。今後も議論を続けたいと思うので、ぜひ声をかけていただきたい。
萬谷出版社と図書館は切っても切れない関係。売上が実際どうなっているのかもう少し知りたかったというところがある。もっと具体的にどんな本がこうだ、ということが見えてくると、図書館としても協力できることがあると思う。
新具体的に何か共同でやっていくことになると、業界団体同士できちんと話をする必要がある。情報交換だけに終わらず調査などをやっていければいいと考える。
恒松出版文化を衰えさせないために何ができるのかをもっと考えていきたい。今日は出版社と図書館だけだが、いろいろなところから知恵をもらうことも重要。回を重ねて社会に影響が与えられるようなものになったらいいと思う。
メンテ

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